« 美しい隣人 第1話 | トップページ | 江 第2話「父の仇」 »

2011年1月15日 (土)

大河ドラマ「江」のストーリーについて

ここ最近の大河ドラマで一番嫌だったのが「利家とまつ」。理由ですが、まつが何でもしゃしゃり出ていって偉そうに解決してしまうという「歴史を作ったのはみんなまつ」みたいなストーリー。これが耐えられませんでした。

今年の「江」も、信長や秀吉、家康と江が関わりを持っていく話のようで、「利家とまつ」みたいに無理やりな話だったら、見るに耐えないな、その前に予習しておこうと思い、「大河ドラマ・ストーリー」を立ち読み(笑)してきました。だから、それほど深く読んだわけではありません。

で、感想なんですが、まあ、江が月並みな「戦は嫌い」キャラクターなのは、まあ仕方ないかもしれません。最初からわかりきっていたし。やっぱり「風林火山」のミツや寿桂尼みたいな、現代の価値観とは違うキャラクターは、最近の大河では異色なんだろうな。

そこに目をつぶれば、前半段階では、ストーリー展開は意外なほどしっかりしています。正直感心しました。登場人物の考えがエピソードにより変わり、新たな人間関係が作られていく、この構成がとても自然です。市と三姉妹が、勝家に心を開いていくくだりとか、ベタだけど、とてもいい話だと思ったし。

少なくとも、「龍馬伝」のように、成長に関わるエピソードが不足したまま唐突に薩長同盟のような大事業を思いつくといった構成の不自然さは感じませんし、「坂の上の雲」のようなぶつ切りの場面と場面の間をナレーションでつなぐといった、「ドラマ」としての一体感が欠けた構成でもありません。「大河ドラマ」としての流れはしっかりしていると思います。

登場人物についても、市や秀吉、おね、勝家など、意外にオーソドックスな描写で、マニアックな視聴者でなければ、「イメージ違う」とはならないと思います。

肝心の、江とこれら英雄たちの関係作りについても、意外に不自然さを感じません。何でなんだろうと思って考えたのですが、信長が江を認めたというのを出発点にしているのが大きな要素だと思います。

秀吉や勝家、明智光秀は信長の部下ですし、家康も実際部下のようなものです。彼らにとって、信長が一目置く江に対して、ある種の敬意を持って接するというのはそれなりに自然なように思います。

この、信長との関係をドラマの出発点あるいはキーに置いた田渕さんは、やはり凡庸な脚本家ではないなと思いました。

まあ、自分は「風林火山」的世界観の方が現実を反映していると思っているので、血筋とか敬意なんて、むき出しの力の前では役に立たないだろうと思うのですが、それはそれとして、「ドラマ」の構成としてはなかなかのものです。

掲示板とかで「20年前の月9」とか言われることもありますが、この間「いつかまた逢える」を見ても思ったのですが、昔の恋愛ドラマは、エピソードをきっかけにした心理や人間関係の変化を構成するのが、最近のドラマより上手だったと思います。「江」のストーリーは、そういう構成については、なかなか丁寧だし自然なので、「20年前の月9」というのはある意味でほめ言葉なのではないかとも思います。

というわけで、脚本については、現段階では意外によくできていると思ったのですが、同に、このドラマのキーは、構成の大きな前提である江が「信長に一目置かれる存在」であることを、役者さんが画面のなかで説得力を持って表現できるかにかかっているように思います。ドラマの山場は意外に早そうです。

|

« 美しい隣人 第1話 | トップページ | 江 第2話「父の仇」 »

テレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140658/50592629

この記事へのトラックバック一覧です: 大河ドラマ「江」のストーリーについて:

« 美しい隣人 第1話 | トップページ | 江 第2話「父の仇」 »