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2012年5月

2012年5月20日 (日)

志津川(南三陸町)と陸前高田の状況(2012年5月)

南三陸町にあって、東日本大震災で被災した志津川公立病院の建物が5月21日より解体が始まるということを新聞で読んで、状況を見てきました。

この建物は、5階建ての建物のうち4階まで津波が押し寄せたということですが、現場で見ると、「こんな高いところまで津波が来るの?」と驚かされます。

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病院を海と反対側から写した写真。

志津川地区の被害の大きさは既にあちこちで報道されていますが、町内は一部の鉄筋造りの建物以外は全く更地になっていて、地面にはいまだ細かい瓦礫が沢山埋まっている状況です。海沿いには未処理の瓦礫の大きな山があって、まだまだ復興どころではないという印象でした。

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瓦礫の山。隣の壊れた建物と対比してみると、その量が分かると思います。

震災後一年以上経ったとは思えない惨状です。

このあと、国道45号線を陸前高田に向かいました。気づいたことを少し。

南三陸町では志津川地区と比較してあまり報道されない歌津(伊里前)地区ですが、ここも志津川地区に劣らない惨状で、町が跡形も無くなっていたのには驚きました。

なにより、結構高台にある歌津駅まで津波が押し寄せて破壊されていたのがショックでした。ここに限らず、気仙沼線の被害は本当に酷いです。あちこちで線路が築堤ごと流されているので、JRが言っている軌道上のバス運行を行うだけでも相当な手間がかかるように思えました。

それと比べると、道路の復旧はほぼ終わっていましたが、歌津大橋が流されたため、歌津町内は狭い旧道を迂回せねばならず、日中とかネックになりそうです。

あと、コンビニはほぼ震災前の場所に仮設等で復旧していて、しかもどこも混雑していたのは驚きました。震災前に比べると道路交通量も多めな感じがします。

推測なんですが、震災で地域商店が被災して、その分の需要がコンビニに回ったのかもしれません。店舗が震災前より増えてるチェーンもありましたし、ちょっとふくざつな感じです。

陸前高田ですが、驚くほど志津川と状況が似ています。ほとんど更地になった旧市内と、巨大な瓦礫の山、そして鉄筋造りの建物の残骸。

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陸前高田市のアパートの残骸。この建物も4階まで津波が押し寄せたと思われます。Dsc019422_3


陸前高田市役所。津波の高さは陸前高田、志津川とも同じ位だったようです。

このまちは、祖母が元気だった頃、よく買い物に行ったりしていたので、その街が跡形もなくなっていたのを目の当たりにするとやはりショックです。

ちなみに、町外れでボランティアさんが作業をしていて、テレビカメラが来ていました。この町のボランティアセンターは気仙川を遡った横田地区にあって、私が通ったときには丁度参加の受付をしていたようでした。ここのホームページは比較的参加方法が分かりやすいようなので、参考までに掲載しておきます。

http://rikutaka.ti-da.net/

この二つの町の被害はあまりに大きく、正直復興手法とか見当もつきませんが、どうも最近震災報道も落ち着いて、ともすれば忘れられがちな感じ(というか、原発事故対応と比べると、支援が少ないと思うのは私だけでしょうか?)もするので、現状を記しておきます。

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